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ドクター小話
医師コラム ドクター小話

 勤医協札幌西区病院 医師コラム 「ドクター小話」 

第5回
瘤とりばあさん

イラスト
内科外来診療部長 松谷久美子

 1型糖尿病の患者さんはご自分の血糖のことを良く知っている。何せ糖尿病の年季が入っているので、コントロールが昨日は何故乱れたのか、明け方高血糖になるのは何故か、小ざかしい医師にきかされなくてもよくわかっている。だから、20年もインスリンを打っているとめっきり専門をかたる医師というものに会わなくなる。というか、いろいろいわれるのが“うざい”ので会いたくないのである。待ち時間が長く、せっかく会っても何のメリットも無いと思っている。学ぶところも感心するところもなく、むしろもっと勉強しろよと心の中でつぶやいてしまうという。何十人か当院へ来ている1型糖尿病の患者さんのうち何人かは、哀れみと、軽い軽蔑の目線で我々の前をすり抜けて、インスリンを処方してもらおうとする。特に糖尿病に命を懸けているような専門医は敬遠されることはなはだしいのではないかと思われる。

 40歳の1型糖尿病の男性はそんな軽蔑組のひとり。夜間診療にしか来ないし、インスリンさえくれればそれでいいのさモードまんまんで中腰になって座り、診察室の中では診察の猶予を与えず、最短時間で出ていこうとする。

 たまたま私が夜間診療のとき、はじめて彼に出くわした。インスリン1日120単位、何単位夕方打ってるの?ときくと、今日は30単位かな?などという。(う、ううん、マンダム。)じ、じゃあ、診察しましょう。というとえっ何で、なんでもないよ、いいよ、診察なんて、と断られる。が、Tシャツをめくってしまうとあきらめて、呼吸を整えて従った。すると、びっくり仰天。右腹部になにやら異物がある。これはなに?と触ると、意外に柔らかくない硬度。まるで肌色の40W電球がフジツボのようにお腹に吸いついているようだ。インスリンをここに打つのさ。何でおなじところに?だって、おなかに打てっていわれていたよ。それはそうだけど、場所変えてっていわれなかった?そんなこといわれたことないよ。ここが一番打ちやすくて、痛くないんだ。う、うん、確かに、、、。私はもう腰を上げている彼に、急いでインスリンを打つ場所が描いてあるパンフレットを渡した。

 インスリン瘤である。最近はあまり見なくなった。皮下脂肪がインスリンの海におぼれ肥大繊維化してできた脂肪岩のようなものだ。同じ場所に、彼は大量のインスリンをぶち込んでいたのだった。ああ、写真をとればよかったと後で思った。彼はしばらくお腹を見せたことが無く、だから誰も彼のお腹の異変に気づかなかった。

イラスト  そして2ヵ月後、思いのほかわたしの予約外来をキャンセルせず彼はやってきた。まず、お腹を見せてください、というと、彼は自分でTシャツをめくった。ない、なくなっているのである。デジカメを用意して待ち構えていたのに。残念であった。そして彼は、診察も役に立つことがあるねとにっこり笑ったのである。

  また来てくれるかな。

2010年3月 
 

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